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詩篇40:1~17「人生の泥沼から引き上げる主」

2月23日、詩篇40:1~17「人生の泥沼から引き上げる主」
①泥沼
詩人は以前「滅びの穴…泥の沼」に落ち込んだようです。ダビデには、バテシバとの姦淫の罪を隠すため夫ウリヤを謀殺した泥沼、サウルや息子アブサロムに命を狙われた泥沼があり、ヨセフには、兄弟たちの妬みを買ってエジプトに奴隷として売られ、主人の好意を得て高められたかと思うと投獄され、忘れ去られた泥沼がありました。
②待望
詩人は「耐え忍んで主を待ち望んだ(待ちに待った、の意)」、徹底的に「主を待ち望」み、主に「叫」ぶように祈りました。不妊の女ハンナも、苦悩に満ちた心のまま主の前に出、「心を注ぎ出して」主に祈りました。
③救出
詩人は主に「滅びの穴から、泥の沼から」引き上げられたのみか、堅固で揺るがぬ「岩の上」に移され、その「歩みをたしかにされ」ました。
④感謝
そのような詩人から出てきたもの、それは感謝でした。感謝は、主への賛美となって(3節)、主への従順となって現れました(8節)。その結果、周囲の人々も主を「恐れ、かつ主に信頼する」ようになります。
私たちの生涯にも「滅びの穴…泥の沼」がありますが、最大の泥沼は罪の泥沼です。しかしイエスの十字架に救い出せない罪はありません。十字架を信じましょう。また試練の泥沼で苦悩しているなら、徹底的に主に信頼して祈りましょう。やがて必ず主が「滅びの穴から、泥の沼から引きあげて」下さいます。「もう少しの祈り、もう少しの信仰、もう少しの忍耐、そうすれば答えは必ず来る」(ジョージ・ミュラー)。