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ピレモンへの手紙1~25「福音に生きる」

7月6日、ピレモンへの手紙1~25「福音に生きる」
①神と人のために生きる
ピレモンの奴隷オネシモは、主人の金品を盗んでローマに逃亡しましたが、「捕われの身で産んだわたしの子供オネシモ」とあるように、獄中のパウロに出会い、十字架を信じて救われると、パウロに仕え、十字架で命まで捨てて下さった主に仕えるようになりました。オネシモは「以前は…無益な者であったが、今は…有益な者に」造り変えられ、「わたしの心である」と評されるほどの信仰者に成長しました。
②赦しの愛に生きる
当時、主人のもとを逃げ出した奴隷は死刑に処せられました。オネシモの場合、主人の金品を盗んで逃亡しているのでなおさらですが、パウロは「彼をあなたのもとに送りかえす」ので、世の制度がどうであれ、赦すことを「自発的にすることを願っている」と言います。さらに「何か負債があれば…わたしがそれを返済する」とさえ言います。
オネシモのために自分自身を投げ出し、あらゆる手段を尽くしてピレモンに訴え、損害を与えたのは自分自身であるかのように引き受けているパウロの姿に、十字架のキリストを見てきました。いくら善行を積もうとも、修行を積もうとも、自分では絶対返済不可能なのが罪です。キリストは「わたしがそれを返済する」と言って全人類の罪を背負い、十字架上で身代わりの死を遂げて下さいました。
「神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、あなたがたも互にゆるし合いなさい」(エペソ4:32)。赦されようのない罪を帳消しにされた者として、率先して赦しの愛に生きる者でありましょう。互いに赦し合って生きるところにこそ十字架は輝くのです。

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