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エステル記10:1~3「幸福と平和」

7月4日、エステル記10:1~3「幸福と平和」
反ユダヤ分子は一掃され、モルデカイは「アハシュエロス王に次ぐ者となり、ユダヤ人の中にあって大いなる者となり」ました。昇進した途端に傲慢になる人がいますが、モルデカイは違いました。どんなに昇進しても、変わらず「その多くの兄弟に喜ばれ」ました。「彼はその民の幸福を求め、すべての国民に平和を述べたから」です。以前、王から栄誉を受けた時もそうでした。王暗殺計画を阻止したモルデカイは最高の栄誉を受けましたが、その後少しも奢らず、まるで何事もなかったかのように、自分の持ち場である「王の門に帰って」行きました(6:1~12)。彼の最大の関心事は、自分自身の地位や名誉を高めることではなく、「幸福…平和」を追及することでした。自分の高い地位を、より良く王に仕えるために、同胞を助けるために用いたのです。モルデカイは、人にではなく主に喜ばれるように、自分の持てる最大限の力をもって使命に励む人であったので、「その多くの兄弟に喜ばれ」、何よりも主に喜ばれたのです。ヨセフもそうでした(創世記 第39章)。上げられても奢らず、下げられても腐らず、どんな時にも常に使命に忠実であった結果、「幸運な者」とされたのです。
このモルデカイの姿は、御子イエスを想起させます。イエスは天の栄光をかなぐり捨てて、罪と汚れに満ちたこの世に人の子として来臨されたばかりか、十字架の死にまで降り、三日目に復活することによって救いを完成して下さいました(ピリピ2:6~8)。それによって私たちは真の幸福と平和に満ちる人生に招き入れられました。今度は私たちが、真の幸福と平和で充足するイエスの救いを示し、神の国完成のため使命に忠実に励む僕になる番です(マタイ13:31~32、17:20)。

エステル記9:1~32「憂いから喜びに、悲しみから祝日に」

6月27日、エステル記9:1~32「憂いから喜びに、悲しみから祝日に」
ユダヤ人虐殺を命じる前の法令と、ユダヤ人に正当防衛の権利を認める後の法令が、いよいよ施行される「時が近づいたとき」、「すべての民がユダヤ人を恐れ…モルデカイを恐れ」ました。かつてヤコブがラバンの家から故郷に戻るとき、「大いなる恐れが周囲の町々に起ったので」、無事帰郷することができました(創世記35:5)。出エジプトしたイスラエルが約束の地目指して荒野を旅しているときも、主は周辺諸国に恐れの心を生じさせて民を守られました(申命記2:25、11:25)。今回も主の民を守るため、主はハマンの陰謀を失敗に終わらせ、モルデカイを宰相に就任させ、ペルシャ住民に恐れの心を生じさせられました。ここにも隠れて働かれる主の摂理の御手があります。しかし一部の反ユダヤ分子が攻撃してきたので民は応酬し、「七万五千人を殺し」、この日「憂いから喜びに…悲しみから祝日に」変わりました。以来ユダヤ人は、「アダルの月(太陽暦2~3月)の十四日と十五日」をプリム(「プル(くじ、の意)」の複数)の祭として毎年祝うようになりました。
天地の創造主・統治者なる「神がわたしたちの味方である」ゆえ、誰も私たちには敵し得ません。さらに「ご自身の御子をさえ惜しまないで」十字架の死に渡すほど私たちをこよなく愛しておられる神は、「御子のみならず万物をも」添えて与えて下さいます(マタイ6:33)。いかに試練や困難が「キリストの愛からわたしたちを離れさせ」ようとしても、「わたしたちを愛して下さったかたによって…これらすべての事において勝ち得て余りがある(新改訳「圧倒的な勝利者」)」、私たちの勝利は確定済みです(ローマ8:31~39)。この神に信頼するなら、いつかきっと「憂いから喜びに…悲しみから祝日に変」えられることでしょう。

エステル記8:1~17「光と喜びと楽しみと誉」

6月13日、エステル記8:1~17「光と喜びと楽しみと誉」
処刑されたハマンの家は没収されてエステルに与えられ、モルデカイはハマンに代わって宰相に任命されましたが、これで万々歳ではありません。王の法令として発布されたユダヤ人虐殺命令は依然として有効だからです。この法令が生きている限り、ユダヤ人に真の勝利は訪れないばかりか、最終的には逆転負けしてしまいます。
大勝利の後、勝利のめどがついたときこそ、要注意です。油断していると、悪魔は巧妙につけ込んできて、逆転負けを喫する危険大です。「わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである」ことを自覚し、「よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけ」ましょう(エペソ6:10~20)。
エステルは、ハマンの陰謀による法令を取り消してほしいと「涙ながらに請い求め」ましたが、「王の名をもって書き、王の指輪をもって印を押した書はだれも取り消すことができ」ません。そこで王は、ユダヤ人に正当防衛の権利を与える新しい法令を出すことにより、前の法令を実質無効にして、ユダヤ人を絶滅の危機から救おうとしたのです。その結果、「ユダヤ人には光と喜びと楽しみと誉があった」。
新しい法令を出すことによって、古い法令を実質無効にされた神は、全人類の救いのためにも同様のことをして下さいました。すなわち、「罪の支払う報酬は死である」(ローマ6:23)という神の国の法令は永遠に有効ですが、代わりにキリストがその罰を受けて、「わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた」のです(コロサイ2:14)。

エステル記6:14~7:10「恵みのどんでん返し」

6月6日、エステル記6:14~7:10「恵みのどんでん返し」
妻や友人たちが「なおハマンと話している時、王の侍従たちがきてハマンを促し、エステルが設けた酒宴に臨ませ」ました。「促し」とは、丁重な再度の招待であり(マタイ22:1~14)、彼の身分の高さを示します。と同時に、前章の逆転劇と、それに対する不気味な予言により、ハマンは怖気づいて酒宴に出席するのを渋っていたのかもしれません。
酒宴で王がエステルに発した「あなたの願いは何か」との問いかけはこれで三度目ですが(5:3、6)、エステルはこの問いかけをどれほど心の中で祈りながら待っていたことでしょうか。「もしわたしたちが男女の奴隷として売られただけなら、わたしは黙っていたでしょう」が、「わたしとわたしの民は売られて滅ぼされ、殺され、絶やされようとしています」。ハマンは銀一万タラントを王に納めると言っていますが(3:9)、その程度ではユダヤ人絶滅による「王の損失」は補い切れません。私たちの命を救って下さい、と王に訴え、「そのあだ、その敵はこの悪いハマンです」と名指しました。「王は怒って酒宴の席を立ち」、再び戻ると、ハマンが「王妃エステルに命ごいをし」ているのを見、王妃に乱暴しようとしていると誤解して怒り、即刻死刑を宣告しました。そして、モルデカイを処刑するために立てた木にハマン自身が架けられたのでした(箴言26:27)。これほどまでに鮮やかなどんでん返しは、神の摂理以外には到底考えられません。そしてその背後には、全ユダヤ人の断食祈祷とエステルの命懸けの嘆願がありました。
「主に信頼して善を行」う者には(詩篇37:3)、「神は…共に働いて、万事を益となるようにして下さること」(ローマ8:28)、「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(伝道の書3:11)ことを信じ抜きましょう。

エステル記6:1~13「眠ることができなかったので」

5月30日、エステル記6:1~13「眠ることができなかったので」
エステルが王への嘆願を一日延期した「その夜、王は眠ることができ」ませんでした(直訳「眠りが逃げた」)。酔って早々と寝ても不思議でないのに、眠りが逃げたというのは、神の摂理以外の何ものでもなく、ユダヤ人の断食祈祷に対する神の答えでした。眠れない王が「記録の書」を開くと、モルデカイが王暗殺計画を阻止した記録を見出し、命の恩人に何の褒賞も与えていなかったことに気づきました(2:21~23)。
早朝、ハマンは、モルデカイ処刑の許可を得るため夜明けを待ち切れずに王宮を訪れ、王も、モルデカイにいかに報いるかをハマンに相談するため夜明けを待ちわびていました。もし王が記録の書を読む前にハマンが来ていたならば、モルデカイは刑場の露と消えていたことでしょう。まさに絶妙のタイミングでした。「王が栄誉を与えようと思う人にはどうしたらよかろうか」と王が尋ねると、ハマンは「王はわたし以外にだれに栄誉を与えようと思われるだろうか」と考え、王に匹敵する扱いをして町を巡り歩かせるよう提案しました。すると王から耳を疑うような言葉、「ユダヤ人モルデカイにそうしなさい」。屈辱を味わい帰宅したハマンが一部始終を妻や友人たちに告げると、「あなたは彼に勝つことはできない。必ず彼の前に敗れる」とハマン没落を予感しました。事実、次章でそのとおりになります。
「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(伝道の書3:11)、神の時と方法はすべて常に最善です。それゆえ、たとい「悪をなす者」や「不義を行う者」があったとしても、ひたすら「主に信頼して善を行」い(詩篇37:1~6)、「神の力強い御手の下に、自らを低くしなさい。時が来れば神はあなたがたを高くして下さるであろう」(Ⅰペテロ5:6)。

エステル記5:1~14「王の好意を受けたので」

5月2日、エステル記5:1~14「王の好意を受けたので」
スサにいる全ユダヤ人、エステルと侍女たちが断食して祈り抜いた「三日目」のこと、エステルは荒布から「王妃の服」に着替え、「王宮の内庭に入り、王の広間にむかって立」ちました。この時エステルは、祈りの中で勝利を確信して立ち上がったハンナ(サムエル記上1:9~18)やイエス(マタイ26:36~46)のような心境だったのではないでしょうか。自ら祈り、人々から祈られてこそ、あの時のエステルがあったのです。
「王は…王妃エステルが庭に立っているのを見て彼女に恵みを示し、その手にある金の笏をエステルの方に伸ばしたので」、エステルは死を免れました。王がエステルに「願いは何か」と尋ねると、「きょうわたしが王のために設けた酒宴に、ハマンとご一緒にお臨みください」と答え、酒宴で再度尋ねられると、明日も同様に、と答えました。この一日の延期により次章で事態が急展開することになります。
酒宴に招かれたのは自分だけであることで有頂天のハマンでしたが、門にいるモルデカイが「自分にむかって立ちあがりもせず…身動きもしないのを見」るや否や、「怒りに満たされ」、ハマンを処刑するため「高さ五十キュビト(約22㍍)の木を立てさせ」ました。まさかそれがモルデカイでなく自分の処刑台になるとは露知らずに(詩篇9:16)。
王の好意を受けてエステルが死を免れたこと、願いを一日延期したこと、ハマンが処刑台を立てたこと、これらすべては神の摂理のゆえでした。と同時に、祈り、祈られた中で備えられた知恵と導きのゆえでした。「我らの戦闘力は、第一に我らの無能、第二に主の大能である」(笹尾鉄三郎師)。神の前に自分がいかに無能であるかを認め、神の大能の力により頼んで祈るとき、神のみわざを拝するのです。

エステル記4:1~17「我もし死ぬべくば死ぬべし」

4月25日、エステル記4:1~17「我もし死ぬべくば死ぬべし」
モルデカイは信仰によってハマンに敬礼しないことで恨みを買い、ユダヤ民族絶滅の危機を招いたことを知り、「衣を裂き、荒布をまとい、灰をかぶり…大声をあげ、激しく叫んで、王の門の入口まで行」きました。「それは何事であるか、何ゆえであるか」と疑問を抱いたエステルは、侍従ハタクを介してモルデカイとやり取りを重ねます。
モルデカイはエステルに事情を説明した上で、「王のもとへ行って」法令を取り消してほしいと嘆願するよう命じると、これには大きな問題があることをエステルは指摘しました。ここ30日召されていないので、この先いつ王に近づくことができるかどうかわからないこと。王に召されていないのに勝手に近づくと死刑になるが、「王が…金の笏を伸べれば」許される、しかしその可能性は限りなく低いこと。それに対してモルデカイは、捕囚となったこと、ワシテが王の命令に背いて王妃から退けられ、エステルが新しい王妃に選ばれたこと等を振り返り、「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない」(14節、新改訳)と考えました。エステルもそれに同意して、「すべてのユダヤ人を集め、わたしのために断食してください…わたしは法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます」と決意しました。神のご計画実現のためには、第一に物事全体を見て思い巡らす人が必要であり(ルカ2:19)、第二に共に祈る人が(出エジプト17:8~13、使徒12:1~11)、第三に決断実行する人が必要です(ヨハネ12:24)。各働きが巧みに組み合わされてご計画が実現します。自分に死んで御心に生き(ガラテヤ2:19~20)、ご計画の一端を担わせていただきましょう。

エステル記3:1~15「人を恐れず、神を畏れる」

3月21日、エステル記3:1~15「人を恐れず、神を畏れる」
王はハマンを昇進させた上、「皆ひざまずいてハマンに敬礼」するよう命じました。そのような中、モルデカイだけは「ひざまずかず、また敬礼し」ませんでした。偶像崇拝につながることと考えたからか、あるいはアマレクの王アガグの子孫(サムエル上15:8)であるハマンに敬礼するのは、「主は世々アマレクと戦われる」(出エジプト17:16)、「罪びとなるアマレクびとを滅ぼし尽せ」(サムエル上15:18)との御言葉に反することと考えたからでしょうか。いずれにせよ、「ユダヤ人である」ゆえ、王の命令に従うよりも主の命令に従うほうを優先したのです。
怒り狂ったハマンは、「モルデカイだけを殺す」のでは満足せず、彼の属するユダヤ民族を絶滅させようと考え、実行日時を占うくじを引くと、「十二月…十三日」と出ました。くじを引いたのが正月ですから、一年の猶予があり、ここにも神の摂理の御手があります。
天国市民であると同時に良き市民であるべきキリスト者は、法律・校則・社則等、「すべて人の立てた制度に、主のゆえに従」うべきです(Ⅰペテロ2:13)。しかしそれが御言葉に反する場合は、「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れ」ず、「むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れ」て(マタイ10:28)、「人間に従うよりは、神に従うべき」です(使徒行伝4:19~20、5:29)。「なんでもあり」の世の中で、御言葉に照らして「ここだけは譲れない」という原則を貫きたいものです。それによって正直者が馬鹿を見るような結果を一時的に招いたとしても、神は私たちの味方です(ローマ8:31)。最終的には神が必ず勝利をとって下さり、豊かな祝福を注いで下さいます。

エステル記2:1~23「王妃とされたエステル」

3月14日、エステル記2:1~23「王妃とされたエステル」
アハシュエロス王は、ギリシャ遠征前の酒宴で王妃ワシテを軽率にも失った上、その戦争にも敗れました。失意の中で「彼女のしたこと、また彼女に対して定めたことを思い起し」、後悔の念を募らせる王に、侍臣たちが新しい王妃を選ぶよう進言すると、王の心にかなったので、国中から「美しい若い処女たち」が集められてきました。
その一人エステルは、養父モルデカイの言葉に従う従順な女性(10、20節)、「侍従ヘガイが勧めた物のほか何をも求めなかった」慎み深い女性でした(15節)。ヘガイをはじめ「すべて彼女を見る者に喜ばれた」エステルは(9、15節)、遂に新しい王妃に選ばれました。エステルは常に主を目の前に置き、信仰によって歩んでいたのでしょう(詩篇16:8)。それはモルデカイの信仰そのものでした。王暗殺計画を察知したモルデカイはそれをエステルに告げ、事なきを得ました。モルデカイは寄留者です。傍観者を決め込んでも少しも不思議でありませんが、彼は決して傍観者にならず、国家と王のため全力を注いで仕えたのです。ところが「この事は王の前で日誌の書にかきしるされた」だけで、モルデカイには何の報いもありませんでした(19~23節)。これらは実に巧みな神の布石であったことが、第6章で明らかになります。
「主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実を養え…あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」(詩篇37:3、5、新改訳)。今日なすべき自分の使命を忠実に果たし、あとは摂理の神に委ねる。ヨセフもそうでした(創世記 第39~40章)。神は、置かれた所で使命に励む信仰者を巧みに組合わせて、ご計画を実現されるのです。

エステル記1:1~22「人の愚かさを超えて」

3月7日、エステル記1:1~22「人の愚かさを超えて」
ペルシャのアハシュエロス王は、ギリシャ遠征を前にした軍事会議である酒宴を「百八十日」、続いてその慰労会を「七日の間」行いました。その七日間の最後、「酒のために心が楽しくな」った王は、「王妃ワシテに王妃の冠をかぶらせて王の前にこさせよ」と命じましたが、ワシテは王の命令に背きました。そこで七人の大臣を集めて相談した結果、ワシテは王妃の位から追い落とされてしまいました。
王が酒宴を設けたこと、酔いに任せて王妃に命令したこと、それを王妃が拒んだこと、一大臣の提案に一同賛成したこと等、これらすべてが巧みに織り成されて、ワシテは王妃から追われ、エステルが代わって王妃に選ばれます。神は人の争いや思惑をも摂理の御手のうちに統べ治め、エステルを王妃とし、ユダヤ人虐殺計画阻止のためお用いになったのです。神は、人間の罪や弱さ、失敗さえも用いて、ご自身のご計画を実現なさることがあります。ヨセフ物語もそうです。ヨセフは兄弟たちから憎まれ、奴隷として売られたエジプトで総理大臣となり、イスラエルを救いました(創世記 第37~50章)。
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」(ローマ8:28)。私たちの側には弱さや愚かさ、罪や失敗が少なくありませんが、神はそれらを乗り越えて働き、着々とご計画を推進されます。失望したり萎縮したりしないで、すべての出来事の背後には神の愛の御手があることを信じて、大胆に悔い改め、大胆に主を仰ぎ、主に従っていきましょう(ヨハネ13:7、詩篇16:6)。

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