記事一覧

ヨハネの第一の手紙2:1~2「私たちには弁護者あり」

2016年5月29日、ヨハネの第一の手紙2:1~2「私たちには弁護者あり」
①弁護者なるキリスト(1節)
私たち人間は弱く不完全な存在ですから、この地上では罪を全く犯さなくなる完全などあり得ません。だからと言って罪に対して無頓着、寛容であってよいわけではなく、ヨハネは「これらのことを書きおくるのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためである」と記し、イエスもパウロもそう主張しています(ヨハネ8:11、Ⅰコリント15:34)。
それでも罪や過ちを犯してしまうことがありますが、それでおしまいではありません。「父のみもとには、わたしたちのために助け主、すなわち、義なるイエス・キリストがおられる」からです。サタンは罪を犯した者を神に中傷、告発しますが、十字架を信じて神に義と認められた以上、もはや誰も「訴える」ことも「罪に定める」こともできません(ローマ8:1,33~34)。私たちの助け主・弁護者キリストは、十字架の血潮を携えて、父なる神にとりなし祈っていて下さるのです。
②供え物なるキリスト(2節)
罪を絶対見逃すことのできない神が、どうして罪深い人間を赦すことができるのか。それは、全人類の罪を背負って十字架につけられ、「あがない(新改訳「なだめ」)の供え物」とされた御子イエスの上に、本来なら罪人の私たちに下されるはずの神の怒りとさばきを下されたからです(ローマ3:25、ヘブル9:5)。そしてイエスは今も後も永遠に「あがないの供え物」であり続けて下さるからです。「あの人が私のために祈っていて下さると思うと、心引き締まります。ましてや、私の愛するお方イエス・キリストが天にて私のために祈っていて下さることを思うと、私は一体どのように生きましょうか」(エミー・カーマイケル)。