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マタイによる福音書5:33~37「真実な言葉と行いを」

3月8日、マタイによる福音書5:33~37「真実な言葉と行いを」
「いつわり誓うな…」(レビ記19:12、民数記30:2、申命記23:21~23)とは、守らないような誓いはするな、誓った以上は必ず果たせ、ということですが、律法学者たちは、神をさして誓った誓いは必ず果たさねばならないが、「天」や「地」、「エルサレム」や「自分の頭」等をさして誓った誓いは守らなくても問題ない、という屁理屈を考え出しました。
それに対してイエスは、「天…は神の御座であるから…地…は神の足台であるから…エルサレム…は『大王の都』であるから」、「自分の頭」も神のものであるから神をさして誓っているのと同じだ、と反論され、「いっさい誓ってはならない」とさえ言われました。私たちが語る言葉はすべて神が聞いておられ、行為はすべて神が見ておられるのだから、神の前にも人の前にも常に真実、誠実であれ、口先だけの無責任な誓いや約束をしてはならない、というのが真意です。
あなたは約束したことを簡単に忘れたり、先延ばしにしたり、反故にしたりしてはいませんか。「祈っています」が単なる挨拶になっていませんか。「アーメン(まことに、確かに、そうであるように、の意)」とは、「私がささげた祈りは真心からの祈りです」という告白、誓約です。祈りの中で神に「今後は~します」「もう~しません」と決意したり誓ったりしたことを、神の助けをいただきながら実行していますか。
神の御言葉はことごとく真実で、約束されたとおり御子イエスをお遣わしになり、十字架と復活によって救いを完成して下さいました。耐震偽装や食品偽装等、様々な偽装が横行する現代だからこそ、真実な神とその御言葉を信じる私たちが真実に語り、真実に行動することによって真の神を証詞するよう神は期待しておられるのです。