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詩篇92:1~15「年老いてなおみずみずしく」

9月18日、詩篇92:1~15「年老いてなおみずみずしく」
「主に感謝し、み名をほめたたえるのは」、神に造られた人間にとって最高の喜びです。それは安息日だけでなく、「あしたに、あなたのいつくしみをあらわし、夜な夜な、あなたのまことをあらわす」と歌うように、毎朝、「主に感謝し、み名をほめたたえ」て一日を始め、毎夕、その日一日の主の恵みとご真実を覚えて感謝するのです。ダニエルは、獅子の穴に投げ込まれる危険をも顧みず、「一日に三度ずつ、ひざをかがめて神の前に祈り、かつ感謝し」ました(ダニエル6:10)。
神を畏れない者が一時的に「草のようにもえいで…ことごとく栄えても」、その結末は「没落…破滅」です(ガラテヤ6:7)。しかし、神の前に「悪しき者」であることを認めて悔い改め、イエスの十字架を信じるならば、すべての罪が赦されて「正しい者」と認められ、罪の世界から「主の家に植えられ(移植される、の意)…神の大庭に栄え」る者とされます。そのように神を畏れる者は「角(力と栄光の象徴)を…高くあげ、新しい油(喜びの象徴)を…注がれ」、「なつめやしの木のように栄え、レバノンの香柏(杉)のように育ち」ます。生まれながらの者は年とともに衰退する一方ですが、神の世界に移植された者は「年老いてなお実を結び、いつも生気に満ち、青々として、主の正しいことを示」します。信仰者の晩年は、ただそこにいるだけで「主の正しいことを示す」推薦状であり、保証書です。「アブラハムは高齢に達し、老人となり、年が満ちて(満ち足りて、堪能して、の意)、息絶え、死んでその民に加えられた」(創世記25:8)。しかしそれは一朝一夕にできるものではありません。「あしたに、あなたのいつくしみをあらわし、夜な夜な、あなたのまことをあらわす」という一日一日の地道な積み重ねによります。