記事一覧

詩篇90:1~17「おのが日を正しく数える」

5月20日、詩篇90:1~17「おのが日を正しく数える」
①神の永遠と人の無常(1~6節)
主は永遠の昔から永遠の未来まで存在されるお方で、天地万物の創造者です。このように偉大な主が「世々われらのすみかでいらせられる」。荒野を旅するイスラエルにとって、さらには天国を目指してこの世を旅する私たちにとって、「主よ、あなたは世々われらのすみかでいらせられる」、「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである」(詩篇46:1)と告白できるとは、何と心強いことでしょうか。しかし私たち人間は、「人の子よ、帰れ」と命じられると一瞬のうちに死に、ちりに帰るべき有限な存在です。しかもその生涯は「夜の間のひと時…ひと夜の夢のごとく」実にはかないものです。
②人の罪と神の恵み(7~17節)
人間ははかないだけでなく、「不義…隠れた罪」のため、神の「怒りによって消えうせ…憤りによって滅び去る」べき罪ある存在です。しかも「その一生はただ、ほねおりと悩み」の連続で、これが神から離れた人間の現実です。しかし詩人には神への信仰がありました。それゆえ、「われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください」、「帰って来てください。主よ」(13節、新改訳)と祈るのです。主が帰って来られるならば、イエスの十字架を信じて罪赦され、神との関係が回復されるならば、一切は好転します。朝には主の恵みで満ち足り(14節)、これまでの苦悩を補って余りある喜びで満ち(15節)、「われらの手のわざ」、日常生活も「確かなもの」、意味あるものとなります(17節、新改訳)。死を避けることなく冷静に見つめつつ、神と共に一日一日全力で生きる「熟練した算術家」(ルター)でありましょう。