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詩篇150:1~6「主をほめたたえよ」

12月29日、詩篇150:1~6「主をほめたたえよ」
①どこで主をほめたたえるのか(1節)
「その聖所で…その力のあらわれる大空で」、すなわち地上と天上で主をサンドイッチするかのように、全宇宙の至る所で主が崇められ、ほめたたえられるように、というのが詩人の願いです。今、地上では私たちが主をほめたたえ、天上では先に召された聖徒たちが主をほめたたえています。やがて私たちも神の小羊イエスの前に立つとき、イエスの御手と御足、わき腹と頭に傷跡が残っているのを見て、私の罪のためにイエスがどんなに大きな犠牲を払って下さったかを思い起こし、声の限り主をほめたたえることでしょう(黙示録5:11~13)。
②なぜ主をほめたたえるのか(2節)
「その大能のはたらきのゆえに…そのすぐれて大いなることのゆえに」主をほめたたえるのです。紅海の奇跡によってエジプトの奴隷状態から完全に解放されたイスラエルは、感極まって「主にむかってわたしは歌おう、彼は輝かしくも勝ちを得られた」と主をほめたたえました(出エジプト記15:1~21)。「そのすべてのめぐみを心にとめ」て感謝するとき(詩篇103:2)、その感謝は自ずから主への賛美となるのです。
イスラエルがエジプトの奴隷であったように、私たち人間は皆、罪の奴隷です。神に造られながら、神に背を向けて生きる的外れの罪を赦し、神に立ち帰る道を開いたのがイエスの十字架です。十字架を信じ救われた者は、感激のあまり主を賛美せずにいられません。それでも試練や困難が尽きないのが私たちの人生ですが、主に信頼し続けるならば、「その大能のはたらきのゆえに…そのすぐれて大いなることのゆえに」、最終的には必ず賛美と感謝に変わるのです。