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ヨハネによる福音書16:1~15「真理の御霊が来られると」

11月25日、ヨハネによる福音書16:1~15「真理の御霊が来られると」
「真理の御霊…はわたし(キリスト)についてあかし」し、「あらゆる真理に導いてくれ」ますが、その中でも特に重要なのが救いの真理です。御霊は、これまで犯してきた数限りない「罪」を示しますが、その中でも最大の罪は、「罪についてと言ったのは、彼らがわたしを信じないからである」とあるように、神に造られ愛されていながら、神を無視して自分勝手に生きていることであり、その罪を赦すために遣わされたイエスを信じないことです。御霊は、これこそ最大の罪であり、不幸の根源であることに目を開きます。と同時に御霊は、イエスこそ「義」そのものであり、イエスの十字架と復活を信じることによって「義」とされることについても目を開きます。さらに御霊は、十字架と復活によって「この世の君(サタン)」に「さばき」がすでに下されていること、人は皆、世の終りに神の「さばき」を受けること、罪が未解決であれば永遠の滅びであることについても目を開きます。
御霊は、イエスの十字架と復活が約2000年前の出来事でありながら、今ここに生きている私の罪を赦すためのものであったことを鮮やかに示し、神の前に罪を悔い改め、イエスを信じる信仰へと導いて下さいます。そのようにして救われた者の内に助け主なる御霊が宿り、試練や苦悩の尽きない人生を共に歩んで下さいます。さらに「あらゆる真理に導いてくれるであろう」との約束どおり、御言葉の意味を悟り、そこから慰めや励ましを得るようになります。「なお深く主を なお深く主を」(新聖歌344番)と渇き求め、御霊によって神をより深く知り体験したいものです。御霊によって「罪と義とさばきとについて、世の人の目」が開かれるよう祈りつつ福音を伝えましょう。