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ヨハネによる福音書15:18~27「理由なしにわたしを憎んだ」

11月11日、ヨハネによる福音書15:18~27「理由なしにわたしを憎んだ」
「あなたがたはこの世のものではない…だから、この世はあなたがたを憎むのである」とイエスは言われました。「世」とは、神に造られながら神を認めず、神に敵対している領域や人間を指しています。
人は皆、「自分の罪過と罪とによって死んでいた者」で(エペソ2:1)、霊的には死人です。そして、神を抜きにした「この世のならわしに従い」、「空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って」、悪魔の思いのままに引きずり回され、「肉の欲に従って」、自分勝手に生きています。そのため「生れながらの怒りの子」で、死後、神のさばきの座に立つとき、神の「怒り」を受けて永遠の滅びを刈り取ります(エペソ2:2~3)。「しかるに、あわれみに富む神は」、御子イエスを全人類の罪の身代わりとして十字架上の死に渡されました。このイエスを信じるならば、「キリストと共に生かし…共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さ」るのです(エペソ2:4~6)。
イエスを信じる者は、この世に生きていても「この世のものではない」、イエスによって「この世から選び出」された者です。それゆえ「この世はあなたがたを憎むので」あり、それは「驚くには及ばない」ことです(Ⅰヨハネ3:13)。逆に言うなら、もし世と何の摩擦もないとすれば、この世と妥協し、何かを曖昧にしているからではないでしょうか。
神が私たちに求めておられるのは、世にあっても真理に立って妥協しないことです(ローマ12:2)。世から憎まれても、「ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねて」(Ⅰペテロ2:23)、耐え忍びましょう。「助け主…真理の御霊」が共にいて助けて下さいます。