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詩篇16:1~11「陰府に捨ておかれず」

9月23日、詩篇16:1~11「陰府に捨ておかれず」
①幸いな信仰(1~4節)
詩人は「あなたはわたしの主、あなたのほかにわたしの幸はない」と告白し、「神よ、わたしをお守りください。わたしはあなたに寄り頼みます」と祈ります。しかも孤独な信仰ではなく、「地にある聖徒」と共なる信仰です(ローマ12:15)。聖書は「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記1:1)と宣言します。人間が勝手に造り出した神ではなく、天地と人間を造られた神、真に神と呼べるのは聖書の神のみです。
②幸いな人生(5~9節)
詩人は自分の生涯を振り返り、私に分与された「嗣業(相続財産)」の中でも主こそ最高の財産であり、主は愛の「測りなわ(土地を測量する道具)」をもって私のために最も良い人生を傭えて下さったと感謝しています。私を造られた神は、この私のことを誰よりもよく知っておられ、しかも御子イエスを十字架の死に渡されるほど、この私を愛しておられるお方です。この神が私のために最高の人生を割当てて下さらないはずがありません。この主から「さとし(新改訳「助言」)」を与えられ、「常に主を…前に置」いて歩む者の人生は、主が保護者として常に「右にいますゆえ」、「心は楽しみ…魂は喜ぶ…身もまた安らか」です。
③幸いな未来(10~11節)
幸いな信仰を持ち、幸いな人生を歩んできた者には、幸いな未来が待っています。主を信じて生きる者を、主は「陰府に捨ておかれず」、「墓」に閉じ込めておしまいにはなさいません。ペテロとパウロは、10節をキリスト復活の預言と理解しました(使徒2:31、13:35)。イエスの十字架と復活を信じる者は、天国で主と共に永遠に生きるのです。