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ヨハネによる福音書9:13~34「ただ一つのことを知る」

10月9日、ヨハネによる福音書9:13~34「ただ一つのことを知る」
「イエスがどろをつくって彼の目をあけたのは、安息日であった」ため、ユダヤ人たちの「間に分争が生じ」ました。片や「安息日を守っていない」イエスは「神からきた人ではない」と考え、片や罪人であるなら「どうしてそのようなしるしを行うことができようか」と考え、元盲人は「預言者だと思います」と答えました。盲人の癒しの奇跡を「まだ信じな」い彼らは、次にその両親に事情聴取しました。両親は「わたしどものむすこであること、また生れつき盲人であったこと」は認めたものの、「どうしていま見えるようになったのか」という肝心要の部分については言葉を濁し、「あれに聞いて下さい」と逃げました。「会堂から追い出」されるのを恐れたからです。元盲人を「もう一度呼んで」、真実を語って「神に栄光を帰するがよい」と促すと、彼は「ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲人であったが、今は見えるということです」と自ら体験した紛れもない事実を繰り返し証言しました。会堂から追放されることなど少しも恐れず、「神は罪人の言うことはお聞きいれになりませんが、神を敬い、そのみこころを行う人の言うことは、聞きいれて下さいます」と大胆に主張すると、返す言葉もないユダヤ人たちは「彼を外へ追い出し」ました。
著者ヨハネが本書を記したのは、ローマ帝国による迫害が日増しに激しくなってきた時代です(紀元90年前後)。「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある」(21:25)のに、この出来事を選んで記したのは、迫害の真っ只中にあるキリスト者たちを慰め励ますためであったと思われます。私たちも世にあって「ただ一つのことだけ知っています」と明確な救いの信仰に堅く立ち、福音を証ししましょう。