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ヨハネによる福音書8:12~30「世の光なるキリスト」

8月21日、ヨハネによる福音書8:12~30「世の光なるキリスト」
仮庵の「祭の終り」の後(7:37)、人々はそれぞれ自分の町や村へ戻って行きましたが、イエスは祭の余韻がまだ残るエルサレムに留まり、神殿内の婦人の庭にある「さいせん箱のそばで語られ」ました(8:20)。
仮庵の祭の間、シロアムの池から黄金の器で水を汲み上げ、神殿の祭壇に注ぎ、婦人の庭にある四つの金の燭台に火をともしました。エジプトを脱出したイスラエルがカナンに入国するまで、水が与えられ、昼は雲の柱、夜は火の柱によって導き守られたことを記念してそのように行っていたのです。祭が終わった後ですから、すでに明かりは消えていたこの時、「わたしは世の光である」とイエスは宣言されました。仮庵の祭の光はいずれ消えるが、わたしの光は決して消えない、わたしこそ真の光であり、命がある、ということです。
それに対してこの世は「やみ」です。「あなたがたは、わたしがどこからきて、どこへ行くのかを知らない」と言われたように、悪魔の目潰しを食らって、何が真理で、何が真の神か、まるでわからず、霊的に真っ暗闇なのが私たち人間です。そんな私たちを暗闇から救い出すために、神の御子イエスが「世の光」として来臨されたのです。
「光」の働きの第一は、闇を照らし出すことです。御言葉に真実に耳を傾けるなら、自分の心の闇、罪深さが見えてきます(エペソ5:13)。「光」の働きの第二は、闇を一掃することです。人の子として降誕されたイエスは、全人類の罪を背負って十字架上で身代わりの死を遂げることによって救いを完成されました。このイエスを信じ、イエスに「従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつ」のです。しかし「信じなければ、罪のうちに死ぬことになる」のです。