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エステル記9:1~32「憂いから喜びに、悲しみから祝日に」

6月27日、エステル記9:1~32「憂いから喜びに、悲しみから祝日に」
ユダヤ人虐殺を命じる前の法令と、ユダヤ人に正当防衛の権利を認める後の法令が、いよいよ施行される「時が近づいたとき」、「すべての民がユダヤ人を恐れ…モルデカイを恐れ」ました。かつてヤコブがラバンの家から故郷に戻るとき、「大いなる恐れが周囲の町々に起ったので」、無事帰郷することができました(創世記35:5)。出エジプトしたイスラエルが約束の地目指して荒野を旅しているときも、主は周辺諸国に恐れの心を生じさせて民を守られました(申命記2:25、11:25)。今回も主の民を守るため、主はハマンの陰謀を失敗に終わらせ、モルデカイを宰相に就任させ、ペルシャ住民に恐れの心を生じさせられました。ここにも隠れて働かれる主の摂理の御手があります。しかし一部の反ユダヤ分子が攻撃してきたので民は応酬し、「七万五千人を殺し」、この日「憂いから喜びに…悲しみから祝日に」変わりました。以来ユダヤ人は、「アダルの月(太陽暦2~3月)の十四日と十五日」をプリム(「プル(くじ、の意)」の複数)の祭として毎年祝うようになりました。
天地の創造主・統治者なる「神がわたしたちの味方である」ゆえ、誰も私たちには敵し得ません。さらに「ご自身の御子をさえ惜しまないで」十字架の死に渡すほど私たちをこよなく愛しておられる神は、「御子のみならず万物をも」添えて与えて下さいます(マタイ6:33)。いかに試練や困難が「キリストの愛からわたしたちを離れさせ」ようとしても、「わたしたちを愛して下さったかたによって…これらすべての事において勝ち得て余りがある(新改訳「圧倒的な勝利者」)」、私たちの勝利は確定済みです(ローマ8:31~39)。この神に信頼するなら、いつかきっと「憂いから喜びに…悲しみから祝日に変」えられることでしょう。