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ローマ人への手紙10:14~21「良き訪れを告げる」

8月17日、ローマ人への手紙10:14~21「良き訪れを告げる」
14~15節は信仰の四段階について記しますが、逆からたどるとよいでしょう。神から「つかわされなくては…宣べ伝えることが」できません(15節)。「宣べ伝える者がいなくては…聞くことが」できません(14c節)。「聞いたことのない者(イエス)を…信じること」はできません(14b節)。「信じたことのない者(イエス)を…呼び求めること」はできません(14a節)。このように信仰はまず聞くことから始まります(17節)。
では、イスラエルは福音を聞かなかったから救われなかったのでしょうか。そうではありません。福音は真っ先にイスラエルに伝えられ、「その声は全地にひびきわたり、その言葉は世界のはてにまで及ん」でいます(18節)。聞いたのに信じなかったイスラエルに代わって、主は「わたしを求めない者たち(異邦人)に見いだされ、わたしを尋ねない者(異邦人)に、自分を現し」、異邦人が救われるようにされました(20節)。それによりイスラエルに「ねたみを起させ…怒りをいだかせ」、律法による義ではなく信仰による義を追い求めさせるためでした(19節)。それでもなお心をかたくなにするイスラエルを主は見捨てず、「終日わたしの手をさし伸べ」(21節)、放蕩息子の父親のように信仰によって立ち帰ってくるのを待ちわびておられるのです(ルカ15:20)。
翻って日本では、福音を聞いたことさえない人が大勢います。自分の救いだけで満足することなく、パウロのように同胞に対する「大きな悲しみ…絶えざる痛み」を与えられ(9:2~3、10:1)、「時が良くても悪くても」「良きおとずれを告げる者の足」とされましょう(Ⅱテモテ4:2)。