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ローマ人への手紙1:8~17「福音を恥としない」

7月16日、ローマ人への手紙1:8~17「福音を恥としない」
①パウロの切願(8~15節)
パウロは、何とかしてローマに行って福音を宣べ伝えたいと切に願っていました。それは「霊の賜物(=福音)を幾分でも分け与えて、力づけたいから」であり、そうすることによって「共に励まし合うため」です(11~12節)。パウロは、福音宣教という「果すべき責任(=新改訳「返さなければならない負債」)」を負っている気がしてならなかったのです(14節)。
②切願の理由(16~17節)
なぜローマ伝道を切願したのか。「福音を恥としない」からです。なぜ「福音を恥としない」のか。「それ(=福音)は、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力」だからです。
以前のパウロは福音を恥として教会を迫害していましたが、ダマスコ途上で復活のキリストと出会って救われました(使徒9:1~30)。「罪人のかしら」である私が救われたということは、福音はどんな罪人でも「すべて信じる者に、救を得させる神の力である」ということを確信したので、パウロは福音を恥としなかったのです(Ⅰテモテ1:15~16、イザヤ51:1)。
なぜ福音は「救を得させる神の力である」のか。「神の義(=神の救い)は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる」からです。神の救いは「福音の中に啓示され」、その救いを得るのに必要なのは、徹頭徹尾イエスを信じる信仰のみです。だからこそ、能力や民族の区別なく、「すべて信じる者に、救を得させる」ことができるのです。