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ヘブル人への手紙11:17~19「信仰によって、アブラハムは」

2月11日、ヘブル人への手紙11:17~19「信仰によって、アブラハムは」
神はアブラハムに、イサクを燔祭(全焼のいけにえ)として献げよとお命じになりました(創世記22:1~2)。これは、どんな神の御心にも無条件で従えるか否かが問われる、実に厳しく高度な試練でした。サタンの試みは悪を引き出すためのものですが、神の試みは「わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるため」(ヘブル12:10)のものです。
アブラハムは御言葉に従い、「朝はやく起きて…立って神が示された所に出かけ…そこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せ…刃物を執ってその子を殺そうとした」、アブラハムの全き献身と服従を確認したまさにその時、神の中止命令が下りました。アブラハムは何ものにもまさって「神を恐れる者であること」が認められ、神の試練に合格したのです(創世記22:3~12)。
アブラハムが若者たちに「わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し…(わたしたちは)あなたがたの所に帰ってきます(一人称複数形動詞)」(創世記22:5)と言い、ヘブル書が「彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていた」(ヘブル11:19)と記すように、アブラハムは復活信仰を抱いていたのです。そしてこれは、私たちの罪のために神の小羊イエスが十字架上で神のさばきを受けて死んで三日目に復活されたことの雛型です。アブラハムの場合は直前で「待った」がかかりましたが、神の場合はありませんでした。私たち罪人のための「待ったなし」でした。私たちも「神を恐れる者であることを…今知った」と神に認められる全き献身と服従の者でありたいものです。