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マルコによる福音書15:1~15「十字架につけられ」

6月12日、マルコによる福音書15:1~15「十字架につけられ」
①ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け
ユダヤの総督ポンテオ・ピラトは、イエスは無罪と知りながら保身のため十字架刑に処しました(ヨハネ18:28~19:16)。使徒信条中に彼の名前が登場するのは、イエスの十字架はピラトの治世中、ローマ帝国の直轄領ユダヤであった歴史的事実であることを強調するためなのです。
②十字架につけられ
罪のない神の御子イエスが十字架につけられ、神のさばきの恐ろしさを象徴する暗闇が全地を覆う中、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました(33~34節)。十字架上の第一言までは神のことを「父よ」と呼ばれていたのに(ルカ23:34)、第四言に至っては「わが神、わが神」と呼ばれたのは、神との親しい交わりの中にあったイエスが、この時神から完全に捨てられたことを意味しています。それは、イエスが全人類の罪を代わりに背負い、罪の塊となられたからです(Ⅱコリント5:21)。神は愛する御子であっても罪は罪としてさばく義なるお方です。同時に、御子を犠牲にしてでも全人類を救いたい愛なるお方でもあります。神の義と愛という相矛盾する性質が見事に調和したところが十字架で(新聖歌230番1節)、この十字架によって罪赦され、憚ることなく神に近づく道が開かれたのです(38節)。
③死にて葬られ
イエスは失神や仮死ではなく、百卒長が認めるとおり完全に死なれたことを証言するため(15:44~46)、「死にて葬られ」と表現するのです。