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コリント人への第二の手紙12:1~10「弱い時にこそ強い」

3月18日、コリント人への第二の手紙12:1~10「弱い時にこそ強い」
コリント教会に忍び込んできた偽使徒たちは、自分たちのことを誇ることにより異なった福音を広めようと企んでいました(11:12~13)。そこでパウロは、自分を誇るのは「無益ではあろうが」、教会の尊敬を得て正しい信仰に引き戻すために、「主のまぼろしと啓示」、すなわち「第三の天」=「パラダイス」に引き上げられた経験を誇りました。この体験は、苦難の連続(11:23~28)のパウロに大きな慰めを与えた一方で(ローマ8:18)、「高慢にならないように…肉体に一つのとげ」=「わたしを打つ(打ち続ける、の意で、絶えず続く肉体的疾患を指している。マラリヤ、眼病、癲癇他、諸説あり)サタンの使」が与えられることにもなりました。
このとげさえなければと考えたパウロは、とげの除去を「三度も主に祈った」、すなわち以前は主に絶えず祈っていたのに、今はこの問題について全く祈っていないと言うのです。それは、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」という主からの答えがあったからです。以来、「キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう…わたしが弱い時にこそ、わたしは強い」と言うようにさえなりました。
長島幸雄師が早朝、自らの弱さに失望して祈っていると、「長島よ、お前の弱さはわたしの邪魔にはならない」との御声が臨みました。自らの弱さを認めて主により頼むとき、弱さのままでは決して終わりません。かえって弱さの中に神の力が現され、強さの中では決して完成しなかったものが、弱さの中で恵みによって完成されるのです。