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マタイによる福音書1:18~25「インマヌエルの神」

12月24日、マタイによる福音書1:18~25「インマヌエルの神」
①イエス(主は救い、の意)
婚約者マリヤのお腹が日に日に大きくなるのを見て、「ひそかに離縁しようと決心した」ヨセフの夢に現れた御使は、「心配しないで(新改訳「恐れないで」)」と語りかけました。私たちは些細なことでもすぐに恐れやすい存在です。「はじめに神は天と地とを創造され…自分のかたちに人を創造された」ゆえ(創世記1:1、27)、神を人生のはじめに置いて、神に的を合わせて生きるとき、最も幸福な人生を送ることができるよう造られています。一人ひとりのために最善のご計画をお持ちの神を締め出して生きているから、迷信や占いに頼り、将来に対して不安になるのです。私たちをこよなく愛しておられる神を締め出しているから、絶えず他人と比べ、他人の目を恐れるのです。また死後、神のさばきがあることを本能的に知っているので、死を恐れるのです。様々な恐れの原因は、神を締め出して生きる的外れの「罪」にあり、この罪と滅びから私たちを救うためイエスは人の子として降誕され、全人類の罪を背負って十字架上で死んで下さったのです。
②インマヌエル(神われらと共にいます、の意)
イエスが聖霊によって母マリヤの胎に宿られたように、イエスを信じて罪赦された者の内にイエスは宿って下さいます。私たちと同じ人間となられ、人間が経験するありとあらゆる苦悩を経験されたイエスは、私たちに心底同情し、喜びも悲しみも共有しながら、試練や困難の尽きない人生を共に歩んで下さるのです(ヘブル3:17~18、4:15)。