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ヨハネの黙示録22:16~21「主イエスよ、来てください」

2022年2月27日、ヨハネの黙示録22:16~21「主イエスよ、来てください」
イエスは「ダビデの根(新共同訳「ひこばえ」)、また子孫」と言われました。幹が切り倒されても根が生きていれば、やがてその切り株や根元から若芽が生えてきます。切り倒されて当然のイスラエルの罪の歴史の中から「ダビデの…子孫」として降誕し、十字架と復活による人類の救いを完成されたイエスは、まさに「ダビデの根(ひこばえ)」です。「輝く明けの明星(金星)」は、暗い夜が去って光の朝が来ることの象徴です。イエスの初臨によって到来した神の国は、再臨によって完成します。イエスはそのことを予告する「輝く明けの明星」なのです。
教会はローマ帝国の迫害によって風前の灯でしたが、このイエスの宣言にどれほど慰められたことでしょうか。右肩下がりの教勢にとどめを刺すかのようなコロナ禍にある教会にとってもそうです。暗黒の度合いが増しているような今だからこそ、もっともっと「ダビデの根…子孫、輝く明けの明星」イエスを信じ仰ぎ、期待すべきです。
イエスが完全に勝利される再臨の日を「アーメン。主イエスよ、来てください」と私たちは待ち望み、イエスも「しかり、わたしはすぐに来る(来つつある、の意)」と言われますが、再臨までなおしばらく忍耐の時が必要です。今直面している迫害、試練や問題が大きければ大きいほど、御言葉に何かを「つけ加え」たり「取り除」いたりして都合よく解釈する誘惑に陥る恐れがあります。神の御言葉を真っ直ぐ信じて立ち続けましょう(詩篇119:130)。主日礼拝こそ、御言葉と「いのちの水」によって渇きを癒やされ、「アーメン。主イエスよ、来てください」と救いの完成を待ち望む時です。礼拝を大切にしましょう。