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マルコによる福音書8:1~10「忘れっぽい私たち」

2020年11月15日、マルコによる福音書8:1~10「忘れっぽい私たち」
「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない」と言われるイエスに、「こんな荒野で、どこからパンを手に入れて、これらの人々にじゅうぶん食べさせることができましょうか」と弟子たちは答えました。前回同様(6:30~44)、手元にあるわずかなものだけに目を留めて無理だと考える、少しも成長していない弟子たちの姿を通して、あなたも過去の恵みをいとも簡単に忘れ去っているのではないか、と語りかけているのです。
出エジプト後の荒野放浪生活の終わり頃、モーセはイスラエルに「この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった」(申命記8:4)、絶えず神の守りがあったことを語りました。御子イエスの十字架の血によって贖い取られた私たちに対しても、神は底抜けに気前の良いお方だったはずです(新聖歌18番2節「主は贖い 成し遂げて 御名に頼る 人びとの 罪はいかに 深くとも 赦し与え 助け給う」)。それゆえ、何かあるたびに思い煩ったり右往左往したりすることから、もうそろそろ卒業しようではありませんか。もし今度そうなりそうになったときには、これまで主がどんなに恵み祝福してくださったか、必要な助けを与えてくださったか、静かに思い起こすことです。そのためにも、毎週の礼拝や日毎の静思の時を大切にしましょう。
繰り返されることは恵みです。自分の弱さを克服して飛躍するチャンスです。あなたの「信仰が大いに成長し…互いに対する愛が増し加わっている」(Ⅱテサロニケ1:3、新改訳2017)ことが何よりの喜びだ、と神から言われるような信仰者に成長させていただきたいものです。