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マルコによる福音書7:31~37「何もかも、すばらしい」

2020年11月1日、マルコによる福音書7:31~37「何もかも、すばらしい」
イエスが「ガリラヤの海べにこられ」ると、「人々は、耳が聞えず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いし」ました。するとイエスは、「彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し」ました。耳の聞こえない彼に、癒しを肌で感じさせるためです。神に依り頼んで「天を仰いで」、「ため息をつき(名詞形がローマ8:26「うめき」)」、彼の「うめき」に共感してご自分の「うめき」とされました。そして「『エパタ(開けよ、の意)』と言われ」ました。直接的には耳と口が開くようにということですが、さらに彼の人生が大きく開かれていくようにということでもあるでしょう。その結果、「彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった」のです。
耳があっても神の言葉を聞こうとしない人がいますし(4:12)、口があっても神に祈らない人や感謝しない人がいます。イエスはそんな私たちをも、まず神と心が通い合う者に、さらに人とも心が通い合う者にしたいと願っておられます。そのためにイエスは来臨され、十字架と復活による救いを完成されたのです。イエスは、あなた「ひとりを群衆の中から連れ出し」、心の奥深くを見つめ、心が通い合うのを妨げている根本原因に触れて癒そうとされます。「エパタ…開けよ」「あなたも心の扉を開いて、わたしのもとに来なさい」と呼びかけられます。それに応えてイエスを信じ、イエスに心の耳や口、人生を開いていただくなら、もっと自分らしく、もっと楽々と、もっと天高く、もっと自由に羽ばたく人生を歩めるようになるはずです。