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マルコによる福音書7:14~23「心を癒す主イエス②」

2020年10月4日、マルコによる福音書7:14~23「心を癒す主イエス②」
「人の心の中」に「悪い思い」があるので、「欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴(いずれも単数形で、悪い態度を表す)」が出てきます。真っ赤な「欺き」はなくても、自分をよく見せるため、保身や弁解のためのピンク色の「欺き」がないでしょうか(マタイ12:36)。「好色」、性的放縦はないでしょうか。「妬み(直訳「邪悪な目」)」と「高慢」は正反対のように見えますが、実はその根っこは同じです。多くの場合、高慢は劣等感の裏返しです。「わたしの目には、あなたは高価で尊い」(イザヤ書43:4)、神は私たち一人ひとりをかけがえのない最高傑作として愛し、喜んでおられます。この神によって劣等感を埋めていただくことこそ、最高最善の対処法です。しかしそのためには、まず自分の惨めな姿を正直に認めることです。「あなたの名はなんと言いますか」と主から問いかけられたヤコブは、「ヤコブ(押し退けるもの、の意)です。名前のとおり神と人を押し退け、自我を突っ張って生きてきた者です」と正直に認めたところ、豊かな祝福が注がれました(創世記 第32章)。「誹り」とは、単なる悪口や中傷ではなく、聖なる神を冒瀆する罪のことです。「愚痴(新改訳2017「愚かさ」)」とは、罪を冗談半分に取り扱うこと、軽視することです。そのような生き方をしていると、「腐れはて、憎むべき事をなし、善を行う者はない」(詩篇14:1)ということになります。
正面切って聞かれたら、困り果て、途方に暮れるしかないことが、私たちにはたくさんあるはずです。心の中にある良い思いも「悪い思い」もすべてご存じの上で私たちを愛していてくださる神は、御子イエスによって「悪い思い」から救われる道を開いてくださったのです。