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ハバクク書2:1~4「遅くなっても待て」

2020年9月13日、ハバクク書2:1~4「遅くなっても待て」
「暴虐…よこしま…」に満ち、「律法はゆるみ、公義は行われ」ない南王国ユダを、神は「カルデヤびとを興」してさばこうとされています(1:2~6)。ハバクク(からみつく、抱きつく、の意)はそんな現実から目を背けないで直視し、その名前のとおり神に抱きつくようにして、「いつまでこんな状況が続くのですか。そしてそれはなぜですか」と訴えました。その上で、「見張所に立ち、物見やぐらに身を置き…なんと語られるか」、神の答えを待ち望みました。神からの答えは、「この幻はなお定められたときを待ち、終りをさして(完成に向かって)急いでいる」状況で、現時点では約束が実現するようには思えないかもしれないが、「それは偽りではない。もしおそければ待っておれ。それは必ず臨む。滞りはしない」から忍耐強く待ち望め、と励ますものでした。
新型コロナウイルスによって日常生活は一変し、教会活動は制限されています。私たちはそうした「今」だけを見て一喜一憂しがちですが、神のご計画は遠大で、「この方に信頼する者は 決して失望させられることがない」(Ⅰペテロ2:6)のです。大切なことは、「それは必ず臨む。滞りはしない」という確信であり、信じて待ち望む忍耐です。「祈りとは、卵のようなもの。産んでもすぐにふ化しない」(キャサリン・マーシャル)。「卵がすぐにふ化しないように、ほとんどの祈りはすぐにはかなえられません。むしろ、世界と人類と私たちの人生の全体を包み込む神の目的のために、卵のように温められ、ふ化するときを待っているのです」(デイリーブレッド)。「もう少しの祈り、もう少しの信仰、もう少しの忍耐、そうすれば答えは必ず来る」(ジョージ・ミュラー)。