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マルコによる福音書7:1~13「口先で敬うが、その心は」

2020年8月30日、マルコによる福音書7:1~13「口先で敬うが、その心は」
「パリサイ人と、ある律法学者たちとが、エルサレムからきて、イエスのもとに集まった」際、「弟子たちのうちに、不浄な手、すなわち洗わない手で、パンを食べている者があるのを見た」ので、ここぞとばかり非難しました。「ユダヤ人はみな、昔の人の言伝えをかたく守って、念入りに手を洗ってからでないと、食事をしない」からです。
それに対してイエスは、掟を守ることで「わたし(神)を敬」っている気になっているようだが、それは「口さき」だけのことで、「その心はわたし(神)から遠く離れている」、仮面をかぶって義人を演じる「偽善者(俳優、通訳、の意)」だと彼らの本質を鋭く指摘されました。その証拠に、年老いた両親を援助したくない場合、「あなたに差上げるはずのこのものはコルバン…供え物ですと言えば…父母に対して、もう何もしないで済む」という「言伝え」を巧みに利用して、「あなたの父と母を敬え」(出エジプト記20:12)という「神のいましめを捨て」ていたからです。
すべてを見通しておられる神の前でも、私たちは格好をつけて良い子のふりをしたり、仮面をかぶって偽りの自分を演じたりしやすいものです。それは、本当の姿を見られたら愛されないかもしれない、受け入れられないかもしれないという恐れが心の奥底にあるからではありませんか。しかし心配無用です。イエスが私たちに代わって十字架上で捨てられてくださったので、私たちはもはや神に捨てられることなどないからです。ですから仮面をかぶった自分で生きるのをやめ、素の自分で生きようではありませんか。そこから神の愛を本当に知り、その愛に応えて生きる信仰生活が始まるのです。