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マルコによる福音書6:45~52「心安かれ、我なり、恐るな」

2020年8月16日、マルコによる福音書6:45~52「心安かれ、我なり、恐るな」
「イエスは…群集を解散させておられる間に、しいて弟子たちを舟に乗り込ませ、向こう岸…へ先におやりにな」りました。逆風が夕方から夜明けまで吹き続けたため、弟子たちは舟をこぎあぐねていました。でも、なぜイエスに助けを求めなかったのでしょうか。イエスの専門分野である神の世界に関してはイエスに信頼するが、自分たちの専門分野である漁の世界に関しては自分たちだけで何とかなると考えていたからかもしれません。私たちも、イエスはいつも共にいてくださると口先で言いながら、実生活ではイエスの臨在をまるで必要としていないかのような生き方をしてはいないでしょうか。
弟子たちが精も根も尽き果てた頃、イエスが「海の上を歩いて近づき」、「しっかりするのだ。わたしである。恐れることはない」と語りかけられました。以前もガリラヤ湖で大嵐に見舞われたとき、わたしイエスが「静まれ、黙れ」と言うと、「風はやんで、大なぎになった」ではないか(4:35~41)。パンの奇跡を見たばかりではないか(6:35~44)。わたしの命令でこぎ出した舟ではないか。全宇宙の主権者がいるのに、なぜ恐れるのか、信頼できないのか、ということです(マタイ28:18)。
もはや打つ手がないような絶体絶命のとき、「主よ、お助けください」(マタイ14:30)と叫んで、イエスを自分の人生丸に迎え入れるならば、「舟に乗り込まれると、風はやんだ」、そして向こう岸へ無事到着させてくださいます。「イエスは波を踏みつけて来られた。そのようにイエスは、人生にわきあがって来るすべての混乱を、足の下に踏みつけられた。クリスチャンよ、どうして恐れるのか」(アウグスティヌス)。