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マルコによる福音書6:33~44「天を見上げて神をほめたたえ」

2020年8月2日、マルコによる福音書6:33~44「天を見上げて神をほめたたえ」
説教に夢中になるうち「時もおそくなったので」、「ここは寂しい所でもあり、もう時もおそくなりました。みんなを解散させ、めいめいで何か食べる物を買いに…行かせてください」と弟子たちが言うと、イエスは「あなたがたの手で食物をやりなさい」と言われました。
「ここは寂しい所でもあり」という環境の悪さ、「もう時もおそくなりました」という時間の遅れ、「みんなを解散させ、めいめいで」という群衆(問題)の大きさ、「パン五つと魚二ひきしか」(マタイ14:17)という能力の不足に弟子たちは支配され、全能の神を見失っていました。
ところがイエスは、弟子たちが「パン五つと魚二ひきしか」とけなしたものに目を留め、それを「手に取り、天を仰いで…祝福し…弟子たちにわたして配らせ」たところ、一万人以上の空腹を満たしてなお余りあるほどの奇跡となりました。イエスの視点は、今手元にあるものに向けられ、そして何よりも全能の神に向けられていたのです。
私たちの人生も、目の付け所によって大きな違いが生じることになります。一つは、自分の持っていないものに目を留め、不平不満を言う人生です。これでは持っている能力さえ十分生かしきれずに終わりかねません。もう一つは、自分に与えられているものに目を留め、感謝して生かしきる人生、言わば天を仰ぐ人生です。弟子たち同様、今の私たちに不足しているのは、自分が今持っているものをイエスの前に差し出す献身と、「天を仰いで」主に信頼する信仰ではないでしょうか。あとはイエスがそれらを用いて、何倍・何十倍にも「祝福し」、驚くべき神のみわざをなしてくださることでしょう。