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詩篇23:1「主は私の羊飼い、乏しいことなし」

2020年5月10日、詩篇23:1「主は私の羊飼い、乏しいことなし」
弱く愚かで迷いやすい羊が、羊飼いなしには生きていけないように、神に造られた私たち人間も、神なしには到底生きていけない存在です。ところが神のもとから「羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った」(イザヤ書53:6)私たちに、真の神を教え、本来あるべきところに連れ戻すために来臨されたのが御子イエスです。イエスは、十字架上で身代わりの死を遂げることにとって、神のもとに立ち帰る救いの一本道を開いてくださいました(ヨハネ10:10~11)。
イエスを救い主と信じて「主はわたしの牧者」と告白できるようになると、すべてのものがしかるべき位置にしっくり収まるようになり、「乏しいことがない」生涯となります。ちょうど親のもとで安心しきっている子どものようです。親が一緒だから大丈夫、必要なものを与えて養ってくれるという信頼と安心感がいつも信仰者にはあります。このように神に造られた人間は、真の羊飼いである主のもとに身を寄せてはじめて真の心の満足を得ることができるのです。
ヤコブには多くの失敗があり、後悔することも悔し涙を流すことも山ほど味わいました。しかしそれでもなお自分の人生を思い返すときに込み上げてくるのは、「今日のこの日まで、ずっと私の羊飼いであられた神」(創世記48:15、新改訳2017)ということでした。羊飼いなる主が私の生涯を支え導き守ってくださっていたからこそ、今の私がある、わが人生に悔いなし、という思いが込められた呼びかけです。「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない」「ずっと私の羊飼いであられた神」と感謝にあふれる羊でありたいものです。