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マルコによる福音書1:1~6a「イエスは不信仰に驚かれた」

2020年3月15日、マルコによる福音書1:1~6a「イエスは不信仰に驚かれた」
マルコによる福音書1:1~6a「イエスは不信仰に驚かれた」
イエスが生まれ育った郷里ナザレの人々は、イエスはもちろんのこと、その両親や兄弟たちとも旧知の間柄なので、自分たちが昔からよく知っている「この人」のままでした。すばらしい説教や奇跡を見聞きしても、「イエスのことを、自分たちと同じ、ただの田舎者だと思って」(リビングバイブル)いました。というのも、当時のユダヤ人は、約束の救い主はエルサレム神殿に突如現れると信じていたからです。
これまでイエスは、病を癒したり悪霊を追い出したり嵐を静めたりと、「力あるわざ」を度々行ってこられたのに、ナザレでは「ただ少数の病人に手をおいていやされた」だけでした。全能のイエスであっても、信じようとも期待しようともしない不信仰の中では、その全能の力も働きも大幅に制限されてしまうということです。不信仰は、全能の主から溢れ流れる恵みを妨げる絶縁体のようなものなのです。
今のあなたをご覧になってイエスはどう思われるでしょうか。「不信仰を驚き怪しまれ」、「そこでは力あるわざを一つもすることができず」でしょうか。それとも「イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない」(マタイ8:10)と、その信仰に驚かれるでしょうか。
パウロ(サウロ)も「かつてはキリストを肉によって」(Ⅱコリント5:16)、自己流に判断して、約束の救い主であることを否定していました。自分の頭で納得できる範囲内でイエスを見つめている限り、イエスを真に知ることも救いを得ることもできず、何の変革も起こらないでしょう。人間的な常識の範囲を飛び超えて、「人にはできないが、神にはできる」(10:27)とイエスに期待し、信仰の手を伸ばしましょう。