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マルコによる福音書5:1~20「墓場の人生からの回復」

2020年2月9日、マルコによる福音書5:1~20「墓場の人生からの回復」
「激しい突風」のガリラヤ湖を渡り(4:35~41)、「向こう岸、ゲラサ人の地に着」くと、「けがれた霊につかれた人が墓場から出てき」ました。「墓場をすみかと」する、孤独で希望のない人。「もはやだれも、鎖でさえも彼をつなぎとめて置けな」い、凶暴な人。「夜昼たえまなく墓場や山で叫びつづけ」る、自制心を失った人。「石で自分のからだを傷つけ」る、自分自身を受け入れ愛することができずに憎む人。これは、神のもとを離れ、自己中心に生きている罪人の姿でもあります。
地元カペナウムでは「大ぜいの群衆」がイエスを捜し求めていましたが(21節)、「けがれた霊につかれた人」を回復するために、1匹の迷子の羊を捜し出して救うためだけに(ルカ15:4~7)、イエスは大嵐のガリラヤ湖を渡られたのです。「わたしの目には、あなたは高価で尊い」(イザヤ書43:4)、私たち一人ひとりも神にとってかけがえのない大切な存在です。神に造られ生かされていながら、神から迷い出てしまい、本来持っている価値を失い、力を十分発揮できずにいる私たち人間を、悪魔の支配から解放し、本来の姿に回復するために、イエスは来臨され、十字架と復活による救いを成し遂げてくださったのです。
「けがれた霊につかれた人」が救われるために、豚2千匹が犠牲になりました。私たち罪人を救うために神の御子イエスは、「がけから海へなだれを打って駆け下」ったどころか、十字架上で死んで黄泉にまで下られました。御子イエスを犠牲にしてでも少しも惜しくない、それほどあなたは「高価で尊い」存在なのです。だから神はあなたをも何とか回復したい、健全になってほしいと願っておられるのです。