記事一覧

イザヤ書41:8~16「恐れてはならない」

2020年1月1日、イザヤ書41:8~16「恐れてはならない」
①神の選びのゆえに恐れるな(8~9節)
アブラハムを選ばれた神は、「天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び」(エペソ1:4、ヨハネ15:16)、十字架と復活によって罪と滅びから救い出し、「高価で尊い」「宝の民」としてくださいました(43:1、4、申命記7:4)。アブラハムを「選んで捨てなかった」神は、私たちをも「選んで捨て」ず、最後の一息まで責任を持って導かれます。
②神の臨在のゆえに恐れるな(10ab節)
人生には「水の中…川の中…火の中」を行くような試練に遭うことがあります(43:2~3)。しかしその試練の真っ只中でも、天地万物の創造者・統治者である神は、「決してあなたを離れず、あなたを捨て」ず(ヘブル13:5~6)、「世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」のです(マタイ28:20)。いざというとき真に頼り得るのはこの臨在の神のみです。
③神の助けのゆえに恐れるな(10c~16節)
神は私たちを「強くし…助け」てくださる、「悩める時のいと近き助け」(詩篇46:1)です。「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」(ピリピ4:13)。神により頼むとき不可能が可能となり、不思議と道が開かれていきます。かつて「勝利の右の手をもって」紅海の水をせき止められた神は、「勝利の右の手をもって、あなたをささえ」てくださいます(出エジプト15:6、12、申命記33:27)。「虫にひとしい」私たちを、神は「鋭い歯のある新しい打穀機」に造り変え、試練や困難の「山を打って、これを粉々にし、丘をもみがらのように」し、乗り越えさせてくださいます。それゆえ恐れる必要などないのです。