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マルコによる福音書4:21~23「聞く耳のある者は聞きなさい」

2019年10月20日、マルコによる福音書4:21~23「聞く耳のある者は聞きなさい」
「隠されているもので、現れないものはなく、秘密にされているもので、明るみに出ないものはない」「あかり」とは、「神の国の奥義」(11節)のことでしょう。「神の国」とは、神の恵みによる支配ということですが、それはどのようにして実現し、現されているのでしょうか。
「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記1:1)、天地や私たち人間は偶然にできたのではなく、神の御心に従って造られました。このように神に造られた「すべての人の本分」は、神に的を合わせ、「神を恐れ、その命令を守」って生きることですから(伝道の書12:13)、神に背を向けて生きている限り、真の満足や生きがいを得られないのも当然ですし、エゴとエゴとがぶつかり合う世界、家庭や職場、学校になるのも当然でしょう。そうした的外れの生き方を聖書は「罪」と言い、この罪の問題を解決するために神から遣わされたのが御子イエスです。「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカ17:20~21)、「神の国が力をもって来る(=十字架)」(マルコ9:1)とイエスが言われたように、神の国はイエス来臨によって、さらには十字架と復活によって実現しています。またイエスを信じる者の心の「ただ中に」、信仰者の集まりである教会の「ただ中に」も実現しています。
神は今、聖書によってご自身と神の国の奥義を明らかにしておられます。「人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった」(使徒行伝17:27)とあるように、偏見等を捨てて虚心坦懐に聖書に聞くならば、必ず神の国の奥義を知ることができるようにしておられます。それゆえ、「聞く耳のある者は聞くがよい」。