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マルコによる福音書3:19b~30「赦される罪、赦されない罪」

2019年9月15日、マルコによる福音書3:19b~30「赦される罪、赦されない罪」
イエスは「ベルゼブルにとりつかれている…悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出している」と律法学者たちが非難すると、イエスは譬えによってその論理の誤りを指摘された上で、人が「犯すすべての罪も神をけがす言葉も、ゆるされる」が、「聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」と言われました。悔い改めと信仰によって赦されない罪などこの地上に一つもありません。誰でもいつでもやり直し可能、それがイエスの福音です。イエスが説教や奇跡によって神の愛や力を現しておられるのに、律法学者たちのように受け入れようとしない人こそ「聖霊をけがす者」で、「いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」のです。罪の大小・多少ではなく、悔い改めと信仰の有無が問われているのです。一度限りの行為というよりも、継続した心の姿勢が問われているのです。
神がその人の人生から手を引いて「なすに任せられ」ることほど恐ろしいさばきはありません(ローマ1:24~32)。その恐ろしさを知らないから平気で罪を犯せるのです。罪から離れ、神の愛の中に飛び込むべきだと示されていながら、「また、よい機会を得たら」(使徒行伝24:25)と言い訳して、悔い改めと信仰の決断を先延ばしにしていると、永遠に後悔することになりかねません。それゆえ聖書は、「きょう、み声を聞いたなら、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」(ヘブル4:7)、「あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ」(イザヤ書55:6)と語りかけているのです。御言葉と御霊の光に即刻忠実に従って歩み続けましょう。