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マルコによる福音書2:18~22「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」

2019年7月21日、マルコによる福音書2:18~22「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」
レビ(マタイ)が「多くの取税人や罪人たち…イエスや弟子たち」を招いて食事していたとき、「ヨハネの弟子とパリサイ人」が来て「あなたの弟子たちは、なぜ断食をしないのですか」とイエスに質問しました。それに対してイエスは、三つの譬え話を用いて教え諭されました。「花婿」イエスが共にいる今は宴たけなわ、イエスと共にいることを大いに喜ぶべきです。「真新しい布ぎれで、古い着物につぎを当て」ると、さらしていない「真新しい布ぎれ」だけ縮んで、「着物を引き破り…破れがもっとひどく」なります。発酵しきっていない「新しいぶどう酒」を、弾力性に乏しい「古い皮袋」に入れると、発酵に伴う圧力で古い「皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだに」なります。
私たちもイエスを信じて新しいぶどう酒を味わったはずですが(エペソ2:11~12)、いつの間にか窮屈で喜びのない信仰生活になっていないでしょうか。その原因の一つに「諦め」があります。「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である」(Ⅱコリント5:17)。どうせ自分は駄目だと諦めない限り、「だれでも」常に可能性があります。もう一つの原因に「繕い」があります。ほころびや弱さをパリサイ人のように努力や修養で繕おうとする「律法的な信仰が問題なのは…どんなに熱心に主に仕えても成長しない…周りの人々を批判することです」(丸屋真也師)。努力や頑張りでは到底間に合わない惨めな自分であることを正直に認めて、「古き人を脱ぎ捨て…新しき人を着る」(エペソ4:22~24)のです。すると時々刻々イエスのいのちに満ちあふれ、やがてその恵みは周囲にあふれ出るほどになることでしょう。