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マルコによる福音書1:40~45「イエスは深くあわれんで」

2019年6月16日、マルコによる福音書1:40~45「イエスは深くあわれんで」
当時「らい病人」は、神に呪われ罰せられた者と考えられ、人々から隔絶されていました(レビ記13:45~46)。そんな病人が、イエスの行く手を遮るようにしてひれ伏し、「みこころでしたら、きよめていただけるのですが」と懇願したのです。病人は、イエスはこの病をきよめる力をお持ちだと確信していましたが、果たしてその力を自分のような者に用いていただけるかどうか不安でした。そんな病人を「イエスは深くあわれみ(内臓が揺さぶられる、の意)」ました。イエスは触って病を癒されることもありましたが、ただ言葉を発するだけで癒されることもありました。それなのに、よりによってらい病人に、何と「手を伸ばして彼にさわ」られました。実に衝撃的な光景で、人々は大変驚いたでしょうが、誰よりも驚いたのは当のらい病人だったはずです。イエスの手の温もりは、人々から忌み嫌われていた病人に、「私はイエスに愛され受け入れられている」と実感させたことでしょう。
私たちが神の前にも人の前にも真に健全であるようにとイエスは願っておられ、そのため深く同情し、親身になって関わってくださいます(イザヤ書53:3、ヘブル4:15)。健全な歩みを妨げているのが私たちの罪であり自我ですが、十字架はそれらを赦し潔めることができます。この恵みを受け取って、神の前にも人の前にも健全であってほしいと願っておられます。救いの必要、潔めの必要を認めて、明確に願い出ることをイエスは待っておられます。イエスは、あなたが抱えて苦悩している問題に「手をのばして…さわり」解決したい、「そうしてあげよう、きよくなれ」と宣言したいと願っておられるのです。