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エペソ人への手紙5:15~21「むしろ御霊に満たされていなさい」

2019年6月9日、エペソ人への手紙5:15~21「むしろ御霊に満たされていなさい」
酒に支配されるのでなく、「むしろ御霊に満たされて…いなさい」と命じます。「満たされて」は受動態ですから、肉の頑張りで満たすのではなく、恵みによって満たされるということです。現在時制ですから、御霊に満たされ続けなさいということです。命令形ですから、満たされても満たされなくてもよいのではなく、ある特定の人だけ満たされればよいのでもなく、全キリスト者に対する命令です。
神に造られ生かされている私たち人間は、神に的を合わせ、御言葉に従って生きるとき、真に充実した人生を送ることができるのですが、私たちはこの神を知らず、神を無視して生きてきました。このような的外れの生き方を「罪」と呼び、そこから様々な具体的な罪が生じてきます(マルコ7:20~23)。しかし罪を悔い改めて、イエスの十字架を信じるならば、すべての罪が赦されて救われます。さらに醜い自我に泣き、砕かれて十字架を仰ぐならば、御霊は私たちを潔め満たし占領してくださいます。そしてその後も御言葉と御霊に従い続けることによって、「御霊に満たされ」続けることができるのです。
「むしろ御霊に満たされて…いなさい」という命令の後、妻と夫(5:22~33)、子と親(6:1~4)、僕と主人(6:5~9)のあり方が記されていますが、これは、地が出やすい家庭や職場でこそ御霊に満たされていなければ、良い妻や良い夫、良い子や良い親、良い従業員や良い経営者・上司にはなれないということです。「神の御名は、あなたがたのゆえに…汚されている」(ローマ2:24)ような信仰者ではなく、「あなたの神はわたしの神です」(ルツ記1:16)と証詞されるような信仰者とされましょう。