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マルコによる福音書1:29~34「イエスの家庭訪問」

2019年5月19日、マルコによる福音書1:29~34「イエスの家庭訪問」
第一に、「シモンのしゅうとめが熱病で床についていたので、人々はさっそく、そのことをイエスに知らせ」ました。「さっそく…イエスに知らせ」て祈ることこそ、問題解決の早道です(詩篇46:10、50:15)。
第二に、「イエスは近寄り、その手をとって起されると、熱が引き」ました。弟子たちが逆風のため舟をこぎあぐねていたとき、イエスが「舟に乗り込まれると、風はや」みました(6:45~52)。パウロの場合は、肉体的弱さが除去されるよう祈り続けましたが、結局癒されませんでした。代わりに「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」との答えを受け入れ、神により頼んで超人的な働きをしました。イエスを迎え入れることで、願いどおり解決されることもあれば、解決されないこともあります。しかしいずれにせよ、好循環へと変わっていくことだけは確かです。
第三に、熱病を癒された姑は、感謝にあふれて「彼らをもてなし」ました。ドルカスは十字架の愛に何とか応えようと、裁縫の賜物を用いて、困窮する女性たちのために服を作りました(使徒行伝9:36~43)。水が流れ込むだけで出口がなく、塩分濃度が高くて(普通の海の6倍)生物の住めない死海(塩の海)のようであってはなりません(使徒行伝20:35)。
イエスを信じ迎え入れることによって好循環が生まれ、十字架の愛に応えて神と人に仕えることによって好循環が維持されます。あなたの人生にもこの好循環があるでしょうか。信仰を働かせるよりも常識を働かせて、イエスを迎え入れるところが詰まっていませんか。喜んで神と人のために奉仕するところが詰まっていませんか。