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マルコによる福音書10:13~16「幼な子を祝福されるイエス」

2019年4月7日、マルコによる福音書10:13~16「幼な子を祝福されるイエス」
「イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに(次から次へと)連れてきた」ので、「弟子たちは彼らをたしなめた」ところ、「イエスは憤り」、「幼な子らをわたしの所に来るままにしておきなさい…神の国はこのような者の国(だから)である」と言われました。幼な子は教えられたことを素直に信じ受け入れますが、大人になると偏見等がしばしば邪魔をします。幼な子はひたすら親に頼りますが、大人になると自力で頑張ることが賞賛されます。幼な子のように自分の罪や弱さ・頼りなさを認めてへりくだり、イエスの十字架を信じ、神により頼んで生きる人こそ、神の国に迎え入れられる人なのです。
「幼な子らをわたしの所に来るままにしておきなさい」とは、イエスの御心であり、子ども伝道に対する命令、召しです。マタイ18:2では「イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた」とあります。幼な子たちこそ教会の中心だということです。教会の閉塞感と高齢化、教会学校の閉鎖等、多くの教会が行き詰まっていますが、実は、教会の閉塞感と教会から子どもたちがいなくなったこととは同時に起こっていることなのです。教会の中心であるべき子どもたちの存在こそ教会の力であり、教会から子どもたちがいなくなれば、教会に閉塞感がやってくるのは至極当然のことなのです。逆に韓国では1970年代に大リバイバルがありましたが、実はその10~20年前に子どもたちのリバイバルがあり、その子どもたちが成長して大リバイバルを迎えたのです。鍵は「次世代」にあります。「今こそ、次世代への宣教と信仰継承」実現のため祈り働きましょう。