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テサロニケ人への第一の手紙4:13~18「再会の希望がある」

2018年9月23日、テサロニケ人への第一の手紙4:13~18「再会の希望がある」
「主ご自身が…天から下ってこられる」とありますが、約2000年前、神の御子イエス・キリストは人の子として降誕されました。全人類の罪を背負って十字架上で死に、ただキリストを信じるだけで罪赦される救いの道を開くためでした。そのキリストがもう一度「天から下ってこられる」と(再臨)、「キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり」、すなわちキリストを信じて召され、パラダイスで安息している人々が、栄光のからだを与えられてよみがえります。ですからキリストを信じて召された兄弟姉妹には、「永眠した」という表現はふさわしくありません。再臨時に復活し、天国で永遠に神と共に生きるまで「眠っている」、仮眠しているに過ぎないからです。
「それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ…いつも主と共にいる」ということは、先に召された兄弟姉妹たちと天国で再会する希望があるということです。ただしそれには条件があります。「キリストにあって」とあるように、キリストを信じて罪赦されていることが条件です。「立派に死ぬことは、立派に生きることです。立派に死ぬということは、自分の罪が処理されることです。死後、神の御前でさばかれる存在である私たちにとって、この罪は大事な問題です。人間が死を避けるのは、死が怖いからではなく、そこに罪があるからなのです。その問題の解決の鍵こそがキリストなのです」(森有正、ヘブル9:27、ローマ6:23)。いつまでも「望みを持たない外の人々」であってはなりません。死によって一時的に離れ離れになっても、キリストを信じて救われた者には天国での再会の希望があるので、「互に慰め合」うことが真に可能なのです。