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エズラ記8:1~23「道中の無事を神に願い求めた」

2018年8月12日、エズラ記8:1~23「道中の無事を神に願い求めた」
エズラは、男性だけで約1,500人(女性や子どもも入れると3~4千人)、数十トンの「金銀…器物」と共に帰国しようとしています。当時の旅行は強盗や野獣に襲われる危険性大でしたが、エズラはペルシャ王に護衛を要請しないで、帰国予定者に「神の前でへりくだり…道中の無事を神に願い求めるため」(新改訳)断食して神に祈るよう促しました。
大きな問題や試練に直面したとき、あなたはこれまでどうしてきましたか。神に真剣に祈り求めるよりも、自分の浅薄な知恵や経験、身近な人に頼ってきませんでしたか。全能の神を信じていながら信仰生活が鳴かず飛ばずなのは、「神の前で身をひくくし…神に求め」ることをしていないからではありませんか。だから不安や恐れに満たされ、人間的な知恵や方策を模索せずにはいられなくなるのです。
アッスリヤの大軍に包囲されたとき、ヒゼキヤ王は何をするよりもまず神殿に行って祈りました。するとその夜、アッスリヤ軍は疫病によって全滅しました(列王紀下第18~19章)。「静まって(新改訳「やめよ」)、わたしこそ神であることを知れ」(詩篇46:10)。「我らの戦闘力は第一に我らの無能、第二に主の大能である」(笹尾鉄三郎師)。試練や困難に直面したとき、人間的な知恵や小細工を一切放棄して、自らの無能に徹し、「わたしこそ神である」と言われる神の前に座り込み、祈り抜くことです。そうするなら神もその信頼に答えて、「驚くべきことを…行われ」ます(詩篇46:8)。人間の手に負えないことは多々あっても、神の手に負えないことなど一つもありません。「どんな問題も、問題そのものが問題でなく、それをどう見るか、それとどう関わるか、あるいはその問題をどう捉えるか、それが問題なのです」(ある牧師)。