記事一覧

マタイによる福音書28:1~10「墓は空っぽ、復活された」

2018年4月1日、マタイによる福音書28:1~10「墓は空っぽ、復活された」
「週の初めの日の明け方」、イエスが葬られた「墓を見にきた」ところ、墓石は転がされ、中は空っぽでした。空の墓が意味するのは…
①死からいのちへ
私たち人間は、神に造られ生かされている存在でありながら、神に背いて生きています。この的外れの状態を聖書は「罪」と呼び、「一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっている」(ヘブル9:27)、死んだ後、神のさばきを受けなければなりません。その結果は、「罪の支払う報酬は死」(ローマ6:23)、永遠の滅びです。
この罪と死の大石を取り除くために、イエスは全人類の罪を背負って十字架につけられ、神にさばかれて死に、しかし三日目に復活されたのです。イエスが死んで墓に葬られておしまいであったなら、私たち罪人と何ら変わりがありません。しかし空っぽの墓は、イエスが「かねて言われたとおりに、よみがえられ」、それによって人類最大の敵である罪と死に勝利して救いを完成されたことの証明なのです(ローマ1:4、4:25、Ⅰコリント15:12~20)。このイエスを信じるなら、すべての罪が赦され、神と共に永遠に生きるのです。イエスの復活を境に、十字架と復活を信じる者にとって、死は呪われたものでも一切の終わりでもなく、天国に続く希望のトンネルとなったのです。
②絶望から希望へ
スーパーコピー時計
ロレックス時計スーパーコピー
ウブロ時計スーパーコピー
パネライ時計スーパーコピー
ルイヴィトンバッグスーパーコピー
ルイヴィトン財布スーパーコピー
「もうここ(墓)にはおられない」イエスは、信じる者と共におられ、人生に立ちはだかる困難の大石をも転がして下さいます。「世の中を見れば、心が騒ぐでしょう。自分自身を見れば、落ち込むでしょう。しかし、キリストを見上げれば、心に平安が訪れます」(コーリー・テン・ブーム)。