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コロサイ人への手紙3:15~17「感謝にあふれて賛美しよう」

2017年12月31日、コロサイ人への手紙3:15~17「感謝にあふれて賛美しよう」
「感謝し」という語がここに3回出てきます。神に自分の願いを訴えることには一生懸命でも、神に感謝することには不熱心な上、つぶやきや愚痴、不平不満でいっぱい、ということはないでしょうか。
「キリストの平和」が感謝の源泉です。「わたしたちがまだ弱かったころ…まだ罪人であった時…敵であった時」(ローマ5:6、8、10)とあるように、私たちは以前「平和」とは正反対の存在でした。造り主なる神との不和・敵対関係こそ、あらゆる不幸の根源です。そんな私たちの的外れの罪を赦し、神と和解する道を開くために来られたのが御子イエスでした。イエスは全人類の罪を背負って十字架につけられ、神にさばかれて死なれましたが、三日目によみがえり、ただイエスを信じるだけで救われる道を完成して下さいました。私たちは、神が用意して下さったこの救いを、ただ感謝して受け取ることしかできない存在です。否、受け取るだけでよいのです。「あなたがたの救われたのは、恵みによる」(エペソ2:5)、救いは神の一方的な恵みであって、人間側の功績など微塵もありません。イエスを信じて「キリストの平和」を得た者は、「いつも感謝してい」るようになるでしょう。すべては神の恵みであることが本当にわかれば、自然と感謝にあふれてくることでしょう。神の恵みと神への感謝はセットなのです。
神の恵みは、奇跡的な出来事の中だけでなく、平凡な日常生活の中にも満ち満ちています。すべては神の恵みであるのに、何もかも当たり前のように思って生活していませんでしたか。「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」(詩篇103:2)。大晦日、神の恵みを思い返しつつ賛美しましょう。